2020プログラミング教育に思う事

 2020年から必履修になった「プログラミング教育」について、思っている事を・・・

プログラミング教育には期待できない!?

 能力を高く評価されるプログラマーは、他者より早くプログラムのロジックを理解でき、プログラム全体の設計を構想でき、コーディングのスピードも速い。また、データ型やオブジェクトを正確かつ適切に定義でき、コードの美しさにも隙がありません。そのような高い能力を持ったプログラマーはどのように教育したら育つのか。その答えばプログラミング教育にはありません。優秀なプログラマー達と同じ場所で、ストレスなく思いのまま時間をかけて議論しながら過ごす事だと思います。

 学習指導要領が説明するプログラミング教育が目指すのは優秀なプログラマーを育てる事ではありません。いわゆる問題解決能力を高めるための論理的思考力と創造性を育むと言うもので、コードを学習するのを目的としていません。

 残念ながら、優秀なプログラマーを育てる目的になっていないプログラミング教育ですが、ソフトウェア業界の人たちは「少なくともプログラミングを学んでおいてくれれば、コンピュータを使った業務のバックグラウンドを理解しやすくなってくれるのでは?」と期待感を持ってしまいますが、プログラミング教育にかけられる授業の時間は小・中・高校トータルでせいぜい数十時間(コマ)程度しかありません。

 今までのカリキュラムでも論理的思考力や創造性は十分育てる事ができていましたから、教育現場でスムーズに受け入れていく状況はありません。授業を工夫しないと、手続きな面倒なプログラミングを受け入れたくない児童・生徒が増えてしまっては業界にとってマイナス効果になるかもしれません。

 また、プログラミングが問題解決能力の向上にそんなにも役に立つのであれば、学校には20年以上も前からパソコン(プログラミングできる環境)が殆どの学校に導入されていて、カリキュラムの柔軟性もありました。しかし、本格的にカリキュラムに導入していた学校は全国にほんの一部しかありませんでした。全員が学ぶ必然性や必要性がなかったからです。一方で企業からはプログラミング能力の習得・向上は常に重要な課題でした。

 つまり、プログラミング教育は、職業能力として求められてきたものを学校教育用のツールとして使ってみようとする新しい取り組みになるわけです。

 ある知人のプログラマーは、「学校であまり変なプログラミング経験もって欲しくないなー」と嘆いています。採用試験の面接でプログラミング経験があると主張した人材が、予約語をいくつか使った経験しかない事が多くて殆ど0から教育しなければならなかったのだそうです。中には検定試験のための紙の上の学習だけしか知らず、全く実務ができない人も居たそうです。知人のプログラマーは最初から学校に職業能力は期待できないと経験的に知っているのです。

プログラミング教育は否定されるのか!?

 では、プログラミング教育そのものは否定されるべきものでしょうか。全くそうではありません。若い時にエレガントなアルゴリズムに触れる機会が増え、コードを記述するとデバイスを動かすことができるという素晴らしい経験を全員ができるのです!(※コードを書く事がとても重要です。)そして、従来続いている検定教育のようなドリル学習から脱却できた先に本当にプログラミング教育で求められている、目指す姿が見えてくるのだと思っています。

 また、プログラミング教育をきっかけに、停滞ムードが続く日本のICT関連企業や教育関連産業にはとても良い追い風になり、タブレットやパソコンがより多く売れてくれるのではないでしょうか。この点では、他の何を教えるよりも経済的な需要の拡大を図ることができる素晴らしい施策と言えます。これをきっかけに少しでも国内需要が拡大すれば、小規模でも経済発展や産業の進歩に寄与することになります。わかりやすく言えば、体育の授業でサッカーが必履修になったとるすと、全ての人がサッカー経験者となり、サッカーが好きな人口が間違いなく増加し、サッカーボールやユニフォーム、ゴールポスト、サッカークラブ、サッカーリーグなどの需要が拡大する事と同じと言う事です。学校の限られた時間割の中に何を入れるのかで、その教育を受けた世代の趣味・嗜好にも影響があるものだと思います。

 すぐには無理ですが、職業能力であるプログラミング教育のその先には、職業意識の向上も図られる事も期待できます。コードは書くだけでなく、その読みやすさや管理の仕方、ハードウェア技術との結びつきなど重要なポイントも授業で語られる事が次第に多くなるでしょう。プログラミングは先生達が望む、望まざるに関わらず、職業能力の向上に繋がるものだからです。

プログラミング教育をどう進める!?

 学校は、現役プログラマーを授業にどんどん呼んで、プログラミングの実際の事例を紹介してもらうなどの機会を積極的に作っていただくことが重要だと思います。児童・生徒たちが本物に触れる機会を。教育委員会や自治体、御子息の将来を考える保護者の方々は、当然の事のように先生にプログラミング教育ができるように求めてきますが、それは先生をプログラマーにしたいのではなく、より質の高い教育を未来ある子ども達のために用意してほしいという願いです。先生方はプログラミングのプロではなく、教育をプログラムするプロという事は分かっていますので。

 児童・生徒達に興味のある話題を授業でどんどん話してあげましょう。例えばインスタグラム はPythonで書かれている!とか、iPhoneの多くがSwiftで書かれてる!とか、AndroidにはKotlinがいいらしい!など業界の話題も多く話してあげましょう。もっと詳しい事は業界の人を学校に呼んで聞いてみたり、そこかしこで行われている技術セミナーに参加するなどしてみましょう。

 プログラミング教育の先進的事例として、岐阜県にある公益財団法人ソフトピアジャパンの超先進的な取り組みについてご紹介したいと思います。県内の高校生を対象とした「クリエイティブキャンプ」なるイベントが毎年10月に開催されていました。このイベントではソフトピアジャパン関連企業や、インキュベートセンターに入居している気鋭のベンチャー企業と高校生達のチームが、やってみたい事、新しく考えた事、課題を解決したい事、何のテーマでも良いのでIT関連企業と生徒たち10名ほどのチームで1ヶ月ほどの期間をかけて作品を制作して発表するものです。このイベントをきっかけに本当にプロフェッショナルになった生徒が出てきたほど、参加した高校生にとって影響力がありました。高校生達が持っている優れた吸収力と、斬新な発想、業界のオンリーワンを目指すベンチャー企業の方々の熱意がうまく噛み合って、面白いアプリや、プロダクトが生み出されました。側で見ていて感じていたのは、企業の方が教える立場、高校生が教わる立場という固定概念にとらわれていたチームほど、作品制作がうまく進まずに終わってしまっていたという事でした。互いに出来る事を全力で取り組んだチームほど、すごい!と思える作品が仕上がっていました。優れた作品は、展覧会のメインに出品されたり、観客のイベントで活躍するアプリに仕上がったり、ストアのダウンロード数が何千件にもなったり、目を見張るような成果でした。この時、必要なプログラミングは業界のプロフェッショナルから伝授されていましたが、その時間は短くて、体系的な教育カリキュラムではありませんでした。一通りの説明を受けた後は時折アドバイスをいただく程度でした。

 プログラミング教育を進めるにあたっての理想は本当にやってみたい課題に取り組ませる機会を作る事が何よりだと実感したわけですが、このような取り組みを全国で全員が実施するのは少し難しい気もします。そこで、全国の先生方にお薦めしたいのが、プログラミング教育のための教材を自治体の方や企業の方とチームを組んで開発してみるという経験をしていただくという事です。幸い、文部科学省はプログラミング教育を担当する先生方のための研修資料を超特急で作成されましたから、どんな教育内容で良いのかという基準が分かっています。それをクリアするための教材にはどんな工夫が必要なのか、千差万別の児童・生徒の実態に応じた自分たちオリジナルの教材を作るという難題に、教育以外のプロを交えたチームで行うという事が新しい時代の教育を切り開くきっかけになるのではないかと思います。巨大な予算にはなりませんので、各都道府県、市町村の教育長は是非競い合ってこのような取り組みを企画していただきたいと思います。先生方も所属長の許可のもと、学校関係ではない業界の方々と協力し合って自主的な教材研究チームを作るのも良いのではないでしょうか。

教育の素晴らしさにのめり込もう!?

 手元のスマホに自分のアプリが入る!ロボットが自分思惑通り動いてくれる!まだ世の中に無い仕組みを創り出す!そんな可能性を秘めた教育がプログラミング教育の先にあると思います。プログラミング教育に先生も、自治体も、民間企業も、皆さんでのめり込んで、教育の素晴らしさを実感していこうではありませんか。

(つづく)